風が吹いた気がしたのだ。
今、思えば…の話だ。昔、ガキ大将のタクちゃんと一緒にじぃさんの物置部屋に忍び込んだ。
じぃさんの家は、戦後に建てられた洋風の別荘じみたでかい家だった。
がらくたが散乱する三階のその物置部屋で古びた革鞄を見つけた。
見つけた際に、まるで風に導かれたみたいに風を感じた気がしたのだ。
「俺は少年の心を忘れねぇ!」と言ったタクちゃんが、ここに来ようと言うまで
俺はというと、その革鞄の存在など忘れていた。久々に訪れた物置部屋は、
相変わらず埃っぽくて、俺は今では手が届く窓を力いっぱい開けた。街が見える。
「おぉお!懐かしいもんみっけ!歩!覚えってっか?このボロ鞄!」
「あー、覚えてるよ。タクちゃんが開けれないって拗ねたヤツだろ」
「拗ねてねぇよ!おっし、じゃあ今から俺が開けちゃる!」
そう言うと、タクちゃんは女子からもらってつけていたペアピン(水玉模様)を
外すとぐぃんと伸ばした。(あーあ…可哀想な女子。タクちゃんに物をあげるべきじゃない)
「…開くと思うのかそれで」
「開くぜ!銭形のおっさんもビックリだぜ。ルパーン」
「わけわからん」
ガチャガチャっていう音をBGMに俺は、その辺を物色する。俺達が来なきゃ、碌に客人が
来ないこの場所で。ここにあるものは、もう来ることもない主人を待つことしかしないのだろうか。
「開いた!」
その声にビックリして、俺がタクちゃんの方を見ると本当に開いている。呆然とした。
タクちゃんは正反対で、してやったりと言わんばかりに笑っていた。
「…何か俺、タクちゃんの友達やってく自信がないわ」
「何でだよ」
「大体、どこでそんなもん覚えたんだよ」
「必殺仕事人」
「…しぶいな」
中を覗き込むと、民族衣装を思い出させる布(インドのサリーのような装飾だ)
アンティークの砂時計。方向性を失ったコンパス。古びたノート。破れた世界地図。
セピア色の写真が数枚。どれも同じ金髪の蒼い瞳の青年が映っている。
「…これ、歩のじぃさんじゃねーよな」
「生憎俺の家系に、混血はおりません旦那」
「だよなぁ…。こいつ、俺らと同じような年じゃねぇ?場所も日本…じゃねぇみたいだ」
ほれ、と渡された写真の束をしっかり見ると、確かに風景は日本だけじゃなさそうだった。
「うわ…英語だ。最悪。読めねぇし…!」
「そりゃタクちゃん。たぶんこの鞄の持ち主、この金髪のだぞ。当然なんじゃない?」
タクちゃんが覗き込んでいた古びたノートには、ページごとに日付が
書かれていて日記のようだ。筆記体で書かれたそれは読みにくい。
ペラペラ捲ると、最後の日付は9月15日だった。大きく書いてある文字から目が逸らせない。
Watch the earth!
Look up at the sky!
Do not forget the proof that is me!
The world is infinite.
Nobody can stop me!
Even if life dies.
「…どした?歩」
「…タクちゃん、この金髪は…旅人だったのかも」
「はぁ?旅人…まぁ持ち物からしてそれっぽいけど。何で?」
俺はタクちゃんに、英文の訳して伝えた。
大地を見ろ!
空を仰げ!
僕である証明を忘れるな!
世界は無限なのだ。
誰も僕を止めることなど出来はしない!
例え命が朽ちようとも。
「……強ぇな。どこから来るんだよ、その激情ってのは」
「…昔は今より平和じゃなくて、今より…自由だったってことじゃないの?」
世間に、年齢に、学校に、世界から見下げればちっぽけなものに、俺達は縛られる。
大学に出ればいいのか。ただそれだけなのか。夢だけを追うのは無謀なのか。
迫ってくる進路希望の第3希望までの枠が、どうしようもなく圧迫をかけてくる。
どうやって「自分」を見つけて「強さ」に変えて、笑って死ねるのか。満足と笑えるのか。
その過程を見出すことも、探し出すことも、圧迫が強くて上手く出来はしないのに。
それは隣で、またセピア色の写真を見ているタクちゃんだって、同じだ。
その圧迫から抜け出して、空気を吸いたい。それが子供の頃のこの場所を思い出させたんだ。
自由に生きることが、こんなにも難しい。なぜこの革鞄がじぃさんの家にあるのか。なぜ日記は
力強い言葉を残して途切れたのか。この持ち主がどう生きたのかまったく分らない。
だけど、彼は自由と共に傷つきながら笑って生きたのだろうなと思う。
写真の中の彼は、いつだって活き活きと笑っている。
羨ましい、と思った。俺は夢を語ることさえ罪悪感を感じるのに。
(誰の所為でもなく、ただただ、俺が臆病なだけの話だ)
タクちゃんは、この開かれた革鞄に負けないくらいボロボロの鞄を引き寄せて、少し曲がった紙と
薄汚れたペンケースを取り出した。
その紙は、今まさに俺達に圧迫をかける進路希望調査の紙。そこにタクちゃんは油性ペンで
第二、第三希望の欄に横線を引いて、一番上に力強く書いた。
旅人!!!
俺は思わず噴出す。幾らなんでも、革鞄の持ち主に感化されすぎだ。
「タクちゃん、本気かそれ」
「あぁ、本気だ。俺は窮屈で縛られるのは御免だ。だったら無茶でもいい。馬鹿でもいい。
こいつみたいに、世界を見るんだ。だから…」
大学には行かねぇ。どっか働き口を探して金を貯める。と笑う。…タクちゃんらしい。
昔からストレート且つ、喧嘩っ早く、いつだって本音(良し悪しだけど)臆病の俺とは正反対。
それに昔から憧れていた。でも絶対本人には伝えない。
ニヤニヤと笑われてからかわれて終わりだからだ。
な、タクちゃん。俺、本が好きなんだ。
実はタクちゃんをモデルにした主人公で小説書いて、投稿したりしてんだ。
小さな賞だけど、賞をもらったりもしてるんだ(小さすぎて公表するのも恥ずかしいけど)
旅人のタクちゃん、なんて。どんな話でも作れそうな気がする。
ちょっと興味が出てきた。どうしてくれる。俺はその武勇伝を書きたいって思っちまった。
ため息をついた。俺はタクちゃんに感化されすぎてんなぁと呆れる。
それでも…圧迫感は少し薄れた気がして、その単純さに苦笑いまでしてしまう。
俺はタクちゃんの鞄より、全然綺麗な自分の鞄を取り寄せ、曲がっていない紙と
少し汚れたペンケースを取り出す。タクちゃんに肖って、油性ペンで第二、第三に線を引いて
第一の枠に【旅人】と書いた。
2010/05/26